気持ちの整理をするのに時間がかかったので遅くなりましたが、、、
6/14㈮、新潟の祖父が亡くなりました。行年98歳という長寿でした。

祖父は目が見えにくくなってはいたのですが、しっかり会話はできますし、自分の身の回りのことは自分でできる自立した生活を送っていました。いつも自分のことより周囲のことを想い、温かくおおらかで、思いやりを持って尽くす。そんな偉大な祖父でした。80歳まで現役で眼科医をしていたので、地域にも親しまれた人でした。

5月下旬、体調がすぐれないと母が付き添い通院したところ、医師の診断で即入院。それから状態が悪くなっていきました。ほどなくして母から連絡があり、「おじいちゃんと話がしたかったら、早く帰ってきたほうがいい」と言われたので、5/29(土)1泊で急遽帰省。

私たちが行くと、祖父は手を合わせ「遠いところをありがとう、悪かったねえ」と言いました。
そしてすぐ主人をみるやいなや、こう言いました。「本当に申し訳ない。尚子のことを頼みます。」

 

側で聞いていたのですが、なんとも言葉にならない瞬間でした。
祖父はもうこの時に余命を悟っていたのかもしれません。

娘たちは、耳の遠い祖父に対し、棒状の筒を耳元にあてて会話。
「おおじぃじ、お寿司食べにいってくるよ!」「おおじぃじは何のお寿司すき?」と質問していました。
祖父は「みんなでおいしいお寿司食べてらっしゃい。」と返していました。

次に私は、「施設での指導、頑張っているよ!今度ソニーで講演することになったよ!」と報告。少し表情が苦しそうでしたが、「がんばりなさい」と声をかけてくれました。

 

ソニーを辞めて10年。辞めることを悩んでいた当時、私が転職することに対して「ソニーで務めていれば安定していたのに・・・」という周りの声は多々ありましたが、祖父母は始めから「なんと尚子らしい。人の健康のために尽くせる仕事は素敵、がんばりなさい!」と応援してくれました。

いつも二人仲睦まじく、楽しみを見出しながら過ごしていた祖父母。
共通の趣味や、そこからの出会い、つながり、仲間のことを、いつも笑顔で聞かせてくれたことを覚えています。ボウリング、社交ダンス、カラオケ等、一緒に楽しく、そして長く続けて・・・それらは、祖父母の生き甲斐だったことは間違いありません。

生き甲斐があれば、気持ちが前向きに。その前向きな気持ちによって、自然と笑顔に。
笑顔が増えると、周りに連鎖していく。良い仲間に恵まれる。
仲間との楽しい、ワクワクしたコミュニケーションは、心も身体も元気にしてくれる。
周囲に優しくなれる気持ちの余裕も、生まれますよね。

まさに祖父母の生き方はそれを体現していました。

祖父母のように、生き甲斐や楽しみを持って、いきいき過ごせる人を増やしたい。
”この道を、まっすぐ進んでいこう” そう気持ちを新たにさせてくれた日になりました。

写真は、今年1月、友人結婚式で帰省した際、新潟→東京に一緒に移動したときの1枚。

頻繁には会えませんでしたが、いつも会えば「いらっしゃい!!」と優しく声をかけてくれ、写真撮影にもニコニコで応じてくれた、気さくな祖父。
別れるときはいつも、こちらの姿が見えなくなるまで外から手を振り続けてくれた、優しい祖父。

大好きでした。心から。

これから新潟に帰っても、祖父の「いらっしゃい!」が聞けないのは本当に寂しいです。

祖父の孫だということを、誇りに。糧に。

祖父母が認めてくれたこの道を、まっすぐ進む。家族親戚の繋がり、ご縁をいただいた人脈を大切にして。
母としては、家族の健康を守り、子供たちの成長を楽しみに、時に見守り、日々過ごしていきたいです。

天国できっと、祖父母が温かく見守ってくれていると、信じながら。